海の上の行き交う大小さまざまな船。これらの船がどうやって港に着いて止まるのか考えたことはありますか。車と違って船にはブレーキがありません。エンジンを止め,スクリューを逆回転させることで徐々にスピードを落としながら着岸します。簡単にみえますが,安全な着岸にはじつはとても高度な技術を要し,船舶事故のうち最も多いのが着岸時の事故なのです。
着岸が難しいのは,船の大きさや積み荷の重さの他,そのときの波や風,海流,湾の地形といった自然条件,さらには他の船の位置などの多くの条件に応じて,適切な航路を選び, 適切なスピードで岸に船を寄せる必要があるためです。湾内で船に乗り込み,安全に着岸をさせることを仕事とする,水先人と呼ばれる専門職があるほど。今のところ,着岸の安全性は水先人の経験,技術に依存してしまっています。
東京海洋大学の岡崎忠胤さんは,人の経験に頼っていた安全な着岸を工学的なシステム として船に組み込もうとしています。計算と実測を重ね,船や自然の条件と,安全に着岸するための操船方法との関係を数式で表すことに成功しました。条件を入力すれば最適な操船方法が計算され,自動で安全に着岸できるのです。
ところが,これだけでは実際には船で使ってもらえません。機械が導き出した最適解は合理的すぎて「まだエンジンを止めなくて大丈夫だろうか」と乗っている人に怖さを与えて しまうのです。そこで岡崎さんは,自動着岸したときの人の緊張状態を体温変化によって 測定しています。そこから,人が安心できる操船方法を導けるように計算式を改善できる のです。さらに,安全性を確実にするためには,船の古さやメンテナンス状態も考慮する必要があることがわかってきています。
船舶の事故は,原油流出など地球規模の惨事になりかねず,想定外は許されません。「想定外への対応は人に敵うものはありません。特に船では,自動化するところと,そうでないところの切り分けが重要です」と岡崎さん。「人が不要になる」ではなく「人をサポートする」ための操船方法を知るための研究が進められています。
(文・鈴木 るみ)
取材協力:東京海洋大学 海洋工学部 海事システム工学科
教授 岡崎 忠胤さん