2018.06.01

海の何を知りたいの?「海に優しく、おいしい食料生産を目指して」

 スーパーに並ぶ海産物。「養殖」と書かれたものもたくさんありますね。頭に浮かんだのは魚やエビ?じつは海藻も養殖されています。海の植物である海藻の養殖は,エサで育つ魚とは異なり,養殖する株を海に入れた後は自然の環境に任せることになるので,その海の水質や水温などの影響を大きく受けます。そのためおいしい海藻をたくさん収穫するためには,地域の環境でよく育つ種類や株を選ぶこと,そしてその株を保存し持続的に生産できるようにすることが大切です。岩手県ではマツモという食用の褐藻類が,名産品として広く愛されてきました。マツの葉のように細くて尖った形のこの海藻は,これまで株の保存が困難でした。北里大学の難波信由さんは,マツモの新しい保存方法を確立させ,より使いやすい養殖技術を目指して研究しています。

 私たちが普段食べているコンブやワカメなどの海藻は,数十 cmから数 mにまで成長する「胞子体」と呼ばれる姿ですが,従来から養殖方法が確立していたこれらの海藻は,子孫を残すために「配偶体」という姿で過ごす時期があります。この配偶体は数μ m(マイクロメートル;1000分の1 mm)と非常に小さく,一度冷凍しても解凍すれば 変わらず生長できるため,容易に凍結保存することが可能です。ところが,マツモの胞子体や配偶体は両方とも大きく,小さなからだをつくりません。そのためよい株が見つかっても,それを凍結保存して,次の年も継続して大量に生育させることはできませんでした。しかし,難波さんは光や水温といった環境ストレスの変化によって,マツモが「糸状体」という形態をとることを発見しました。この糸状体,コンブなどの配偶体と 同様に,非常に小さく凍結保存が可能だったのです。

 現在は,糸状体になりやすい環境条件や,安定して海に植え付けるための苗木を糸状体からつくる条件もわかってきています。海の状態を敏感に感じ取り,マツモの発育は大きく変化するため,海洋の水質調査や近辺の生態調査も行っています。これらの調査は,養殖が自然界に悪影響を与えていないかを確認するモニタリングの役割も担っています。「海藻の養殖は,他の養殖と比較すると周囲の海に与える影響が少ないことも魅力のひとつ」と語る難波さん。海に存在する資源は決して無限ではありません。その海がもつ性質を理解し,維持し,その力をうまく利用しながら資源を「育てる」挑戦が始まっています。

(文・河嶋 伊都子)

取材協力:北里大学 海洋生命科学部

准教授 難波 信由さん

海と日本PROJECT
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