地球上の光合成の約半分が海で行われていることをみなさんは知っていますか。海で行われる光合成の大半は、海藻ではなく植物プランクトンが行っています。つまり、地球上の酸素の半分は小さな生き物たちが作っているのです。また、彼らは食物連鎖の起点となる生物であり、海洋生態系全体を支えています。しかし、今そんな彼らが危機にさらされていることはあまり知られていません。その原因の1つが「海洋酸性化」です。大気中の二酸化炭素濃度が高まり、海洋に溶け込むことで海の酸性化が進み、サンゴや貝に悪影響が出ているということは教科書でも取り上げられています。しかし、プランクトンへの影響についてはまだ分からないことがたくさんあります。海洋研究開発機構の杉江恒二さんは温暖化や酸性化が植物プランクトンに与える影響を調べています。
杉江さんは北極海まで調査に繰り出し、その場にいるプランクトンを異なる水温や二酸化炭素濃度条件で培養する実験を行いました。その結果、海洋酸性化は、比較的大型といわれる珪藻類の増殖を抑制する一方で、非常に小さいプラシノ藻類の増殖を加速させることがわかってきました。酸性化の進行によって小さな植物プランクトンの割合が増えるということは、食う(動物プランクトン)-食われる(植物プランクトン)の関係性に変化が生じ、巡り巡ってシロクマや我々が食べている魚の量が劇的に減ってしまうかもしれない、ということを意味する結果です。
しかし「酸性化の影響だけに注目しても、将来の海の姿を想像することはできません。温暖化、海洋汚染、海氷減少など様々な問題が複合的に起きているためです。」と杉江さんは言います。「ストレスが複合要因によって増幅する場合もあれば、打ち消される場合もあり、とても複雑なので一筋縄ではいきません。しかし、未解明なことが多いために、自分で新発見ができるのもこの仕事の魅力です。」と杉江さん。小さな生き物が支える広大な海洋生態系の今と未来の姿を今後も探っていきます。
(文・滝野 翔大)
取材先:海洋研究開発機構(JAMSTEC)
海洋生態系動態変動研究グループ 技術研究員 杉江 恒二さん