2019.09.01

海の何を知りたいの?「海の砂漠のなぞに挑む」

 沖縄やハワイなどの亜熱帯域に広がる綺麗な海。透明度の高いその海は景色として は美しいですが,海の生き物にとっては過酷な環境を意味します。気候の影響で,海水中の窒素やリンなどの栄養塩が表層にあまり存在せず,それを肥料として必要とする植物プランクトンが増えにくいのです。その結果,魚などの生き物も少なく,このような海域は「海の砂漠」と呼ばれています。海の生態系の生産者である植物プランクトンは,光合成によって大気中にある二酸化炭素を海中に固定するという重要な役割を持っています。「海の砂漠では,栄養塩の存在量から想定される以上の二酸化炭 素が植物プランクトンにより吸収されることが知られています。しかし,その理由は未だ誰にも分かりません」。東京海洋大学の橋濱史典さんは,このなぞについて栄養 塩を測ることで明らかにしようと試みています。

 従来の測定方法の検出限界値より 10 から 100 倍低い濃度の栄養塩を測る技術の開発に成功した橋濱さん。「栄養塩の濃度が極めて低い海の砂漠では,そもそも物質の濃度を正しく測定することができなかったのです」。新たに開発したこの技術を使って北太平洋の亜熱帯海域を調査したところ,栄養塩のうち,窒素を含む硝酸塩の濃度が,非常に低く,枯渇していることが明らかになりました。また,リン酸塩については,アメリカ合衆国のカリフォルニア沖と比べて日本近海では約 1/100 の低濃度であることがわかってきました。超低濃度の栄養塩を分析できるようになったことで,亜熱帯海域の植物プランクトンの組成や大気中の二酸化炭素吸収量との関係が徐々に明らかになりつつあります。橋濱さんは現在,動物プランクトンや魚が排出する尿素も 栄養源として重要なのでは,という新たな仮説を立ててさらなる研究を進めています。

 海の中の栄養塩の正確な計測から,植物プランクトンの変動が分かり,さらには海が大気の二酸化炭素を吸収する能力をも調べることができます。海を化学的に捉えることで,海の中だけでなく海と大気との間の地球全体を舞台にした物質のやりとりを予測することができるのです。

(文・野坂 晶)

取材先:東京海洋大学 海洋環境科学部門 化学海洋学研究室

助教 橋濱 史典さん

海と日本PROJECT
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