2020.09.01

海の何を知りたいの?「ジュゴンと生息地域の伝統を守る」

 みなさんはジュゴンの鳴き声を聞いたことがありますか?ジュゴンはその容姿とは裏腹に「ぴよ・ぴよ」と鳥のさえずりのように、きれいな声で鳴く生き物です。京都大学で生物音響学の研究を行っている市川光太郎さんは、ジュゴンの鳴き声を観察するために海の中にマイクを設置したり、ジュゴンの身体に直接データロガーを取り付けるバイオロギング法という手法を活用したりして、ジュゴンの生態解明に取り組んでいます。これまでの研究から、ジュゴンが生息しやすい環境条件や、摂餌場所の特定、さらには夜に、静かな海の真ん中で独特の声で鳴くという珍しい行動などが明らかにされました。

 そんなジュゴンのふしぎな生態に魅せられた市川さんは、常にジュゴンの保護を第一に考えていました。しかし、フィールド調査でスーダンの村を訪れた際に、ある気づきを得ます。漁業規制という保護政策一つで、漁業を生活の基盤としている住民たちの、大切な文化が壊れてしまうこともあるのです。「生態保護の政策は、その場所で暮らす住民の生活様式や伝統文化と切り離して考えてはいけない。」と、生態保護と現地住民の両者の幸せの両立について考えはじめました。

 市川さんは現在、あるタイの島で政策づくりを支援をしています。以前はジュゴンの保護に全く興味のなかった住民に、ジュゴンが観光資源の一つとなること、またその貴重な資源を維持するには保護が重要であることを伝えていったのです。その結果、住民たちは徐々に関心を持つようになり、今ではジュゴンの鳴き場所や摂餌場の情報を活用して、彼らのくらしに合った政策づくりを自主的に行っています。「やはり、生物の保護政策は離れた場所にいる人がつくるのではなく、その土地に住む人が考えるのが一番効果的だ。」と市川さんは語ります。フィールドへ飛び出すと、自分の研究や価値観をがらっと変える出会いが待っているのかもしれませんね。

(文・正田亜海)

タイの村で現地の方と政策を考えている様子
現地の方と協力して行うジュゴン調査

取材協力:京都大学フィールド科学教育研究センター 准教授 市川 光太郎さん

海と日本PROJECT
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